真珠姫

Novel
真珠姫

 ある王国に、心の優しい王様夫妻がおりました。国民たちは王様たちをとても愛していましたが、女王様は早くに亡くなってしまいました。その悲しみといったら並大抵ではなく、女王様の亡くなってから三日三晩、王様と国民たちは泣き続けたほどでした。悲しみに沈む彼らの心を癒したのはかわいらしい六歳の王女様でした。彼女の白い肌は太陽の光を受けた宝石のように煌めき、清らかな声はハープの音のようでした。王様は一心に愛情を注ぎ、また国民たちも王様に似た優しい心で見守っているうち、十年が過ぎて、王女様は照り輝く美しい姫に成長しました。
 ところで、この国のはずれにある森には一人の魔女が住んでいました。彼女もまた非常に美しい姿をしていましたが、王女様とは違い、氷の彫像のように冷たく、月の滴のように暗い美しさでした。また、この魔女は美しいものを集めるのが趣味でした。宝石や絵画はもちろんのこと、声や、匂いや、風景のように形のないものは魔法で水晶の中に閉じこめて、自分のものにしてしまうのです。そしてそれがもっとも美しく見える場所に飾っておくのでした。
 魔女は王女が生まれたときからその愛らしさに心を奪われ、彼女を手に入れたいと強く思っていました。そして、魔女にとって手に入れたいということは、なんとしても手に入れるということでした。しかし、魔女は我慢強くもありました。彼女は知っていたのです、王女が成長してやがてもっと美しい娘に変わるであろうということを。そこで魔女は王女が十六歳になるまで待つことを決めました。そして、彼女を閉じこめるのにふさわしい、最も美しい風景を探しながら待ち続けたのです。
 王女が十六歳になったとき、国を挙げてお祭りが開かれました。王城の庭が解放され、様々な催しが行われました。遠い国から来たサーカス団が人々を魅了し、国中から集められたごちそうが振る舞われました。花と風船が国民たちから届けられたとき、突然魔女が現れました。
「この娘は私がもらうわ」
 魔女は魔法で広場の中心に高い鋼の塔を創り出すと、姫をそのてっぺんに閉じこめました。びっくりした人々は口々に魔女に返してくれるよう懇願しましたが、もちろん聞き入れるわけがありません。魔女は王女様のもとに行くと、十六年かけて探してきた美しい王国を閉じこめた水晶を差し出しました。
「これがお前に一番似合う風景だ。美しいだろう?」
 王女は悲しみのあまり涙を流しながら首を振り、塔から出すように頼みましたが、その涙が王女様の美しさをより際だたせていることに気づいた魔女は嬉しそうに笑うばかりで、そのまま水晶に閉じこめもせずに塔に王女様を置き去りにしました。
 王様と国民たちは塔のふもとで三日三晩泣き、王女様の名前を呼び続けました。その悲しみの声が魔女のもとに届くと、魔女はたちまち不機嫌になりました。魔女は美しいものが大好きでしたが、一番好きなのは美しい自分だったので、自分以外のものが想われ続けているのが不愉快だったのです。魔女は塔へ飛んでいくと、人々から王女様の記憶を奪って水晶に変えようとしました。しかし、彼らの彼女への思いはとても強かったので全てを奪うことが出来ず、塔の中には大切な人がいる、とだけ残してしまいました。いつしか彼らは硬い塔の中にいるその美しい人を、真珠姫、と呼ぶようになりました。
 塔の下には一人だけ、真珠姫を呼ばない少年がいました。黄金色の髪に翡翠色の目をした少年は、不審がる魔女に嬉しそうに話しかけたのです。
「この国に、とても偉大で美しい魔女がいると聞いたのですが、もしかして貴女ですか」
 魔女は少年の美貌に心を奪われていたところに誉められたものだからすっかり得意になり、弟子になりたいという彼の願いをすぐに許してしまいました。それどころかいずれ彼を娶ってしまおうとさえ考えていました。
 少年は元々の才能も豊かであったのか、魔女の元で必死に努力をしたため、二年が経つころにはすっかり全ての魔法を身につけてしまいました。それどころか、少年は魔女をはるかに上回る魔法使いになっていたのです。
「お前はもう私よりも優れた魔法使いになったよ。私から教えられることはなにも残ってはいないのだ」
「そうですか……今までありがとうございました」
 少年はそう言うや否や魔女に向かって指を軽く振りました。
「あっ……」
 魔女は驚くうちに、水晶の中に閉じこめられてしまいました。少年はその水晶を胸元に仕舞うと、魔女の家の中を捜索し始めました。魔女の収集した水晶を端から覗き、魔法を解いていきますが、段々と表情が曇っていきます。家中の水晶の魔法を解くと塔に飛んでいき、てっぺんの部屋から王女様を連れだして思い詰めた顔で尋ねました。
「貴女に魔女が預けたものがありませんか」
 王女様は困惑しながらも「美しい国」の水晶を差しだしました。少年はその中を覗くと、とたんに顔をほころばせ、彼女の手を握って何度もお礼を言いました。そして魔法を解いて閉じこめられていた国が元の場所へ飛んでいくのを見届けると、微笑みながら王女様に告げました。
「私は、あの水晶に囚われていた国の王族なのです。この塔のお陰で魔女を見つけられました、ありがとうございます」
 少年が魔法を解くと、人々の記憶が戻りました。彼らは泣きながら二人を取り囲んでお礼を言いました。王様が、婿に来てほしいと言うと、少年は照れたように首を振りました。
「僕は一度国に帰らなければいけません。ですが、必ず帰ってきます。そして、僕の美しい国を、お見せいたしましょう」
 そう言って少年はにっこりと微笑むと指を一つ鳴らし、光の渦の中に消えていきました。王女様はそっと涙を流しました。彼女の涙は昇り始めた朝日を受けて、一粒の真珠のように煌めいていました。
 
Novel
Copyright (c) All rights reserved.

 

inserted by FC2 system inserted by FC2 system