デンキウナギ

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 その群れを正面から眺めてみると、誰もが同じ方向を向いていた。似たような顔の沢山のイキモノが何を見るでもなくただただ前にだけ泳いでいく。自分勝手に口を動かして蠢く集団は、魚だった。
「そうか、ここは、水の底だったんだ」
 空気を漏らして佇んでいると、じっとり視線がなでてくる。動かないぼくを品定めするような視線は水草のように絡みつき、どこかのハッテン場を思わせた。どうかお気に召しませんように。ぼくと君たちは違うイキモノだから、求め合うことまではできたとしても決して一つにはなれないんだ。触れてしまわないように彼らの流れにあわせてそっと後ろに退がってみる。進むだけの魚たちはぼくを少しだけ避けてすれ違い、もう誰もこちらを見ていやしない。自分と同じイキモノだけを愛する群れの中では、違う存在とばれてしまったぼくはこんなにたくさんいる中でもすぐに一匹ぼっちだ。
(水面に行かないと)
 音も光も濁った世界は、魚たちだけの楽園だ。水浸しになった大地にきっとノアの方舟はもう戻ってこない。神様の怒りに覆われて滅んだ世界を立て直すよりも、新しい星を見つけに行くほうが簡単に違いないもの。だからこの世界にはなんの救いも残っていない。方舟に乗りそびれてしまったぼくは、もう滅びるしかないんだろうな。ただ一匹で、世界の底で。


 仲間がずっと欲しかった。ぼくといっしょに泳いでくれる、ぼくのことを見てくれる誰かに居て欲しかったんだ。方舟に乗るためだけの伴侶じゃなくて、ぼくだから求めてくれる、そんな誰かに逢いたかった。群れ意識の強い魚たちは違うイキモノをすぐに追い出してしまうから、追泳するのは難しくて。
「大丈夫、キミは私とよく似ている。一緒にいられるよ」
 でもそう言って微笑んでいた君は、ぼくの傍をぬるりと抜けて行くウナギだった。きっと君は最初から知っていたんだ。似ていたのは見かけだけで、ぼくがデンキウナギだってことを。本当は近い存在でもなんでもない、一属一種の珍生物。違うイキモノといると驚いた拍子に灼き殺してしまうかもしれないような、そんな危険で異質な存在だから、そう、『似ている』と言ったんだ。姿が、つまりただ形だけが同じだと。本質的には違うものだから、ぼくと君は『似ていた』んだ。
 この電撃を、コントロールできたらよかったのに。そうすればいつまでもウナギのフリができたんだ。それなのに身体が大きくなるごとに電圧だけが上がっていって、誰にも近づけなくなってしまったよ。目があまりよく見えなくて触れられるたびに思わず放電して、痩せっぽちのぼくはそのたびに自分も死にかかるから、あぁ、やっぱり誰ともいられないんだってわかってしまう。君が悪いんじゃない。でもぼくも悪くない。ただここは、そういう世界で、ぼくはそういうイキモノなんだ。ぼくだって精一杯我慢する努力はしているんだよ。だから、どうか恨まないで欲しい。


 ――ごめんね。
 焼け焦げた魚は生きていたものにも増して虚ろな顔をしていた。気泡を吐くでもないだらしなく開かれた口、開きっぱなしの瞳孔。黒ずんだ体躯だけが汚れた景色に似合っていて、でもその全てを素通りしてぼくは魚を食らう。
 君はただの餌だから、ぼくの仲間じゃないからと弁明したところでぼくの景色は濡れている。悲しくて、痛くて、周囲に気持ちを溶かしていく。
 あんなにじっくり見ていたのにぼくを見極められなかったの? 君は食べるつもりで来たわけじゃないんだよね。ぼくも騙していたわけじゃないよ、だけど君が気づけなかっただけ。かわいそうに。ごめんね。
 呼吸をすることだってままならない水浸しのこの世界、ぼくはいつまで一匹なんだろう。寄ってくる愚か者は灼け消えて、死なない君子は近づかない。他の魚みたいに、近い種類のイキモノで妥協しようにもぼくの仲間はどこにもいない。
「さみしいな」
 あぁ、もう酸素が途絶えてしまいそうだ。早く水面に行かなくちゃ。ねぇ神様、こんな世界にするのなら、どうしてぼくには鰓の一つも与えてくれなかったのですか。他の魚たちはあんなに楽そうにずっと泳いでいられるのにぼくだけが苦しくて、苦しくて。ここは底が深すぎるから、まだ水面にたどり着けないよ。でも早く息継ぎをしないと溺れてしまう。だからもっと速く、早く、速く、早く、
「はやくっ」
 自分の口から溢れた空気が空に向かってのぼっていくのが、半透明の世界越しに透けて見える気がした。光を受けて煌めくそれは希望の色のようだったけど、ぼくはそれが絶望だと知っていた。
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